保護猫テンちゃんの棺

 

 アニマルリンク鳥取の仲間Tさんが 行き場の無かった2匹の保護猫の世話を引き受けてくれたのは2年前でした。

既に何匹かの猫と2頭の犬が居ましたが、気持ちよく引き受けてくれ、どんなに助かったことでしょう。

面倒がることなく、嬉々と六畳の部屋を片付けて、2匹が暮らしやすい環境を用意してくれたものです。

怖がりだった子が安心して過ごせるようにと、隠れ場所まで設定して、その心遣いには感心したのを覚えています。 

 ところが、元気だった2匹のうちの1匹が、一昨日の夜から具合が悪く、呼吸に異状が認められました。

Tさんの家は智頭の奥深い谷でもあり、夜間のことでもあり、翌朝の受診まで様子を見ることにしました。

果たして、診察の結果は 予想以上に悪く、すこぶる重篤な状態でした。

前日まで 病の気配すら感じさせることなく元気で動いていたというのに、白血病とリンパ腫の末期症状に陥っていたのです。

その肺は既に機能しておらず、一息一息が 全身を使っての大仕事でした。

酸素吸入も徒労に終わる状態で、回復の見込みはほぼ皆無という診断結果でした。

事の重大さを受け止めようにも なす術もない我々は 狼狽と絶望で思考は空転を繰り返すばかり。

出した結論は、不本意ながらも、一秒でも早く この苦しみから解放してやりたいというものでした。

治療できない状況であっても、自然に命を終えるまで待つという考えもありましたが、限界を超えた身体に これ以上「がんばれ!」と声をかけることはできませんでした。

楽にする イコール 死なせる、つまり 鼓動を意図的に停止させるということは、倫理的に否定されるものかも知れません。

しかし、この子に関与する我々が 追い詰められた苦しい選択のギリギリまで議論して出した答えは「解放」でした。

世話を担当しているTさんが最終決断をということにはなったものの、彼女は とても決められないということで、獣医師先生には、私が「お願いします。」と 苦渋の依頼をすることとなりました。

処置を前にして Tさんが 苦しい心境を抑えて、病院に向かい、2年間 手塩にかけて守ってきた愛猫テンちゃんと今生の別れをしてから、静かに 事が進み、テンちゃんは 短い命の営みを終えました。

そして、仕事の事情で どうしても「野辺の送り」ができないTさんに代わって、私が最後のおくりびとの役目を引き受けました。

夜になって 智頭の自宅にテンちゃんを迎えに行き、死後 ほぼ24時間経った今日の午後3時に、テンちゃんを荼毘に付してきました。

 テンちゃんが苦しい呼吸をしていた一昨日の夜、その様子を見かねたのか、同居のタックンが、そっと寄り添って 一晩中、励ますかのように、守るかのように、一夜を明かしたそうです。

同じ保護猫だった身でもあり、弱りゆく同志を思い、助けようとするかのように見えて そのけな気さが胸にぐっと来る一枚です。

これが テンちゃん 最後の夜でした。

まだまだ楽しいこと いっぱいしたかったろうに、もっともっと母ちゃんに甘えたかったろうに、いたわしや可愛や、無常の嵐に、その命は 無慈悲にも吹き消されてしまいました。

可愛い三毛猫テンちゃんを いよいよ火葬するとき、私は耳元にささやきました。

「テンちゃん、今度こそ 丈夫な身体で生まれてきてね。」

テンちゃんを 2年間世話してきたTさんは、細やかに配慮する人ですが、元気なテンちゃんに、変化を感じることなく、最期の最期まで 重病であることを知る由もなかったそうです。

我々も ただただ 唖然、呆然、残念無念です。

でも、そこが 猫の凄いところ、いや、崇高さとでもいいましょうか。

最後の一日だけ 肉体の限界を超えた姿をさらすことが どれほど不本意だったかと思うと 愛おしさが 涙のように熱くこみあげます。

同時に 誰かが捨てたその命を、慈愛の心で包み込んで守ってきた人の存在によって 生を輝かせた日々の尊さにも 手を合わせる私です。

テンちゃん 行ってらっしゃい。

できることなら もう一度 健康な一生を生まれ直してね。

|店主のつぶやき|21:56| - | 2018.05.24 Thursday |