無常の風に乗って 1

これは 先月18日に ビンチェーロに来てくれたミミちゃんです。

当時、体調不良と書きましたが、実は 悪性リンパ腫にかかっており、 余命わずかと宣告された後に、お買いものに同行してきた折の姿です。

このとき 既に末期状態であるにもかかわらず いつもと変わらぬ笑顔で、私の差し出すおやつを前に オスワリをして、ヨダレまで垂らして 小気味良い音を立てて食べてくれたのは 幻だったのでしょうか。

この訪問から十日後の28日夕方、ミミちゃんは 診断から一ヶ月も経たぬうちに 予告どおり たった6年の一生を終えました。

 

 ここ1年あまり、ご来店がなかったので、どうしてるかな、と思っていましたが、ドッグランで 元気いっぱいに走る疲れ知らずの姿を想像して、便りの無いのが良い便りとばかり思っていました。

 本当にお久しぶりのご来店でしたが、主食フードをお試しに買って帰られて しばらくしてお電話で再度のご注文を受けました。

その折に、ミミちゃん、元気にしてますか?とお尋ねしたら、夏バテなのか、食欲がなく、ヨダレを垂らしているとのこと。

それは いつからですか?と訊くと、三日前からだとのお応えでした。

あの元気印のミミちゃんが 家の中で暮らしていて、そう易々と夏バテで弱るということは考えにくいし、最近のミミちゃんを見ていないので、どうにも気になり 早急の受診をお奨めした次第です。

次の日、飼い主さんから あまりにも想定外の報告を受けて 言葉を継ぐことができなかった私です。

 診断の結果 もう長くはないという衝撃のお告げを受けたというから 私は、まさかとは思いました。

現実に あのミミちゃんが 6才で生涯を閉じてしまうなんて とても信じられませんでした。

 かなり進行していることや 厳しい治療の副作用で彼女が苦しむことを想像すると、少しばかりの延命より、病苦を軽減することを選びたいとの判断により、治療を断られたのも 私には十分理解できます。

 電話を切った後に、悶々と床を眺めて どうすればいいのかと混乱する自分と、なぜなのかという悔しさで、平常心が吹っ飛んでいました。

 飼い主さんは 一日一日を大切に ミミちゃんによりそって過ごされました。

18日に 彼女を同伴してご来店の理由は、ミミちゃんが赤子の頃から過ごして 引き取られるまでを暮らしたなつかしい場所を もう一度見せてやりたかったからなのでしょう。

 最期の4日ほどは水しか飲まなくなり、立ち上がれず、オムツに排尿という状態となり、家族に見守られながら息を引き取ったそうです。幸いにして 予想した苦しみ、痛みを感じさせる様子は見られず、安らかに逝ったのが 短かったけれど、せめてもの救いだったと思います。

 あれよあれよという間の急ぎ足での旅立ちでしたが、ご家族も 悲しみの中にも この現実を受け入れて 最期の日々を支えて下さいました。

そうか、ミミちゃん、あんたは もう居ないんだね。

 

 

 

6年前、智頭町役場に保護されていた母犬と 彼女が抱えていた5匹の子犬は、アニマルリンク鳥取で養育して、無事に送り出すために引き取りました。

養育場所となるビンチェーロに着いた母子。

世間はクリスマスソングが華やかに流れている頃でした。

誰も こんな薄幸な犬の親子の存在に気づくこともなく・・・・・。

やせこけた母犬(首輪をしていたので おそらく捨てられた元飼い犬と思われます)と、無心に乳をむさぼる5匹の子犬が いたわしくて 泣けそうだったのを覚えています。

このとき 既に母子全員がノミダニにたかられ、疥癬にかかっておりました。

その治療には50日を要することになりました。

 

 

母犬には 保護された智頭町にちなんで智頭の希望という意味で「智希」(チキ)という名前をつけました。

智希は、ビンチェーロという環境に徐々に慣れてくれ、安心して子育てをしてくれました。

ここだったら大丈夫と思ってくれたようです。

 

当時は極寒の季節にて、毛布、新聞紙、トイレシーツのご寄付を呼びかけたところ、たくさんのご支援が集まり、この子らは 順調に成長することができました。

さあ、この中に ミミちゃんが居ますよ。

どの子かな?

全員 お母ちゃん似のまっ白です。

 

いたずらが過ぎると こうして 優しく諭す智希母ちゃんでした。

「いけないよ。いい子でないと、どこにも もらってもらえないよ。」

「うん、かあちゃん。」

これ ミミちゃんだったような・・・・。

なんせ、彼女は 男の子以上に「ワル」でしたから(笑)。

 

 

ビンチェーロでは、複数のアニマルリンク会員さんはもちろん、有志のご親切に助けられて しっかりと保育ができました。

疥癬は、独特の悪臭が漂うので ビンチェーロは お店というより 野戦病院か療養所の体をなしておりました。

一頭一頭 蒸しタオルで拭いて、薬を飲ませて・・・という作業を 嫌な顔もせず黙々と手伝ってくれた人々のご恩は忘れません。

協力してくれる動物病院の先生方も 感染の危惧を口にすることなく、一日も早く健康に戻してやりたいと、全面的にご尽力いただいたことが幸いしたと感じております。

みんなの祈りが通じてか、子犬たちは 健やかに 明るく 模範的な成長ぶりを見せてくれました。

 

母犬の暮らした(あるいは捨てられた)智頭町から  ご縁あって 里親夫妻が迎えに来られた日。

ミミちゃんは まだ春浅い日、晴れて 二ヶ月以上を過ごしたビンチェーロを後にしました。

優しい両親に その命を委ね、最期までを守っていただけるご意志を確認の上 無事に送り出しました。

 

 朝(あした)の紅顔、夕べの白骨となりぬ、という言葉通り、無常観を禁じえないミミちゃんとの別れは、とても辛いものでしたが、智頭のSさんの温かい愛情に包まれた6年間は 短くも、とても幸福な歳月でした。

まさかの予期せぬ急ぎ旅となりましたが、ミミちゃんを 赤ちゃん時代から この手で育ててきた私や、関わってくれた人、保育に手を携えてくれた人にとって、なつかしい子犬の温もりや愛おしい匂いが その五感によみがえっていることでしょう。

 残念にも 母犬智希も 3年前に 心臓が弱り、他界しております。

きっと、母ちゃんの出迎えを受けて お互い 余りに早すぎる再会に苦笑いをしていることでしょうね。

世の定めである無常の風に乗って ミミちゃんは 遠い遠い世界に運ばれていきました。 

 

 智頭の山奥の空き家でふるえていた母子犬の一頭が、誇らしい家庭犬として 一生を過ごせたことに感謝です。

当時 いろいろな形でお力添え下さった皆さまにも あらためて感謝を添えてのご報告とさせていただきます。

|店主のつぶやき|14:15| - | 2018.09.04 Tuesday |