別れの旅路

14日(水)は、にわかにお店を休みとさせていただきました。

ご迷惑をおかけした方がおられたら お詫びします。

 13日未明に実家の老母が亡くなったとの知らせを受けての帰郷でした。

 

 

母は 享年93才。

昨年 この先、機会はあるまいと、3ヶ月ばかりを私の許で共に過ごし、短い期間とはいえ、せめてもの世話らしいことができました。

その間、夫を喪い後家となった私の背を優しくさすって「元気出さなあかん。がんばるんやざ(福井弁)」と 共に泣いてくれた母。

そして11月に 福井の実家に送って別れたのが最期となりました。

あれから1年後に 再び会うことなく 生涯を終えることとなり、心残りが否めない私です。

 

 母は 私が幼い頃、ずっと通っていた趣味で鍛えた弓道で、兵庫国体優勝を勝ち取るという輝かしい功績を残しました。

自転車の荷台に私を乗せて 弓道場に着くと、母の顔から選手の顔になり、汗を流す間、ずっと的を見据える母の姿を眺めるのが好きでした。

その きりりとした精神力は なぜ 娘の私には受け継がれなかったのかと思います。

几帳面で慎重な性格も、後先を考えた計画力も、残念ながら遺伝することなく、不出来な娘として、何一つも自慢させられなかったことが悔やまれます。

 昨年夫を亡くし、落胆と心細さで気弱になっているところに 今年は 心の拠りどころだった最愛の母を喪って、大海に独り、あてども無く浮かぶ漂流者のように、そして、帰る家の無い孤児のように 淋しさが押し寄せてきます。

不肖の娘を 最期まで気にかけたまま、冥土に向かうこととなった母は 今ごろ どの辺りに居るのでしょうか。

 

 霊柩車に乗ったのは 亡父の時以来二度目でした。

静かな車窓には 絵に描いたような青空と雲が続いていました。

幼い頃から口になじみきった「おかあちゃん」という名を 空に向かって呼びかけます。

これから 母と行った場所、母の好物、母の仕草などを思い出しては 二度と戻らない親子の日々を振り返ることになるでしょう。

自慢できる種もなく、出来が悪かっただけに、私を可愛がってくれたのですが、これからは 母の温かい眼差しを感じながら、がっかりさせない余生を 私も送ることが せめてもの親孝行だと自分に言い聞かせて、秋の陽が降り注ぐ故郷を後にしました。

 

 

 

JR福井駅。

酔狂な外壁から 福井自慢の恐竜が 通行人を襲うかのように、跳びかかってきます。

駅前も 太古の時代、恐竜が栄えた福井の地を再現しています。

 民法のドラマ「チアダン」を見ていた人なら思い出されるでしょう。

JR福井駅前の雄叫びを上げる恐竜を。

 

 いつか是非とも訪ねてみたいと想っていた「福井県立恐竜博物館」行きは、まだ果たしていません。

でも、母の居なくなった福井に足を向けるのは 間違いなくつらい旅になるのでしょうね。

 

 プラットホームに入ってきた「サンダーバード」に乗って 大阪経由で鳥取に帰ります。

ああ、もう この地に帰っても 大好きな母は居ないのかと想うと、帰省の意欲も削がれてしまいます。

郷里に帰る目的は 常に 母に会うことにありましたから。

なんともいえない出汁の匂いに誘われる、名物の立ち食いそばをすすろうという意欲も起きないまま 列車を待ちます。

 そういえば、母は80代後半まで、一人でJRに乗って鳥取まで会いに来てくれたものです。

不肖の娘でも その顔見たさに 老いた身体に鞭打って遥遥来てくれたのかと思うと 「かわいやかわいや、いたわしや」と涙が出そうになるのを ぐっとこらえて 母との想い出に満ちた福井の地を離れる別れの列車に乗り込みました。

|-|12:37| - | 2018.11.17 Saturday |