父の想い出

世間は 断捨離だのミニマリストだのと、ものを手放す、余計なものを持たないことがよしとされる新しい価値観が定着しています。

我が家にも 今後使うことはなかろうと思われる「ガラクタ」の類がいっぱい。

すっきりと始末して、小ざっぱりと整頓できたら どんなに気持ちいいだろうと解ってはいます。

 が、それが なかなか実行できない悲しいサガを苦笑いするばかりです。

 

 つい先日 納戸と化している部屋を整理していたら、何やら菓子の空き箱が出てきて、開けてみたら 鉛筆が入っていました。

全てが ツンツンに削ってあります。

一目で 亡き父が子供のためにと、手の空いた間に削ってくれていたものだと分かりました。

顕微鏡を覗く研究職だった父は 子供から見ても 手先が不器用で 作業には向いていない人でした。

 その父が それでも 小学生の我が子の役に立とうと 一本一本 小刀で削っている姿を見かけるのは日常の光景でした。

 

 

いろんな鉛筆が 整列していますが・・・・。

 

先端は このありさま。

ちょっとても手加減が悪いと、すぐに折れてしまったものです。

それでも 頑固なまでに この仕上げに拘って 根気よく削ってくれていたことが思い出されます。

 

 

もう50年以上も前の「作品」いや、遺品です。

不器用ながら、夏休みの工作を手伝ってくれたり、接着剤で いろんなものを修理しては再利用していたことを思い出しました。

父の不器用さを苦笑しながら 器用な母は、家族の支えあいに満足していたようです。

「お父ちゃん ありがとうね。」

箱を開けた瞬間に叶った父との再会に、思わず目頭が熱くなるのを感じました。

こうして削ってくれたけど、使う機会のないまま数十年の歳月が過ぎたことを思うと、置いてけぼりの鉛筆たちが愛おしくてなりませんでした。

断捨離とはいえ、これらは父との大切な想い出なので 今後使うことがなかろうと 捨てる気はありません。

黒い芯が、必要以上に露出した父らしい削り方に 潤んだ目で クスリと笑う私でした。

|店主のつぶやき|17:41| - | 2019.06.16 Sunday |