空陸一家  そして今、連想せしは、あの大戦・・・・。

 譲渡されてから何か月か経った陸君(左側のクリーム)が、先住犬の空君とお買い物に来てくれました。

近頃では 日数経過につれて 自分を出せるようになったどころか、かなり思い切った自己主張をするまでになったそうです。

陸君 空君、いずれも違和感なく 自然体で暮らせるようになって よかったですね。

 

 そして、この名前を口にすると 今の季節 連想するのは、どうしても あの戦ということになりますね。

可愛いワンちゃんから このような悲しい過去を連想するのはいかがかと思いつつ、陸軍も海軍も そして空軍も 実によく頑張ってくれたからこそ 今の平和があるのだと頷くのも自然の流れということで ご容赦願います。

この時季になると、またかと思いつつ、ついつい見入ってしまう、聴き入ってしまうのが この話題です。

先日、NHKで戦艦大和をとりあげた番組をしていて、ちょっとのつもりが ついつい引き込まれてしまいました。

あの泣く子も黙る巨大浮沈船を建造するまでには 賛成派と反対派が分れ、熱いやりとりの末に完成したのだそうです。

それにちなんで 人間魚雷「回天」の話にも触れ、あろうことか、まだ二十歳にも満たない少年のような若者が、国のために、若すぎる命と未来を捧げた話には 今ならありえないと悶絶を禁じえません。

ちなみに、この番組を見たからには、最新作「アルキメデスの大戦」を見に行きたいと考えております。

 先日放映されたアニメーション「この世界の片隅に」にも、昭和の風景、風習、そして、素朴で優しい市井の人々のありように、なつかしさと郷愁を覚え、うるうるしそうになりました。

 広島の原爆についての番組が増えますが、爆風の威力で目玉が飛び出してしまい、その目玉を握りしめて、逃げ惑う少年の姿や、電車の吊り革につかまったまま、骨となった乗客たち、皮膚が垂れて 振袖のようになった人々など、見るに堪えない映像や絵画が映されのを見るのは実につらいです。

これは作り話などではなく、本当にあったことなのかと 毎年 憤りで狂おしい気分になります。

どうあっても戦争は絶対にいけない! また 今年もそう叫ぶ自分が居ます。

 そういえば、昔 子供が誰かにやられて帰ってくると、たいていの親は激励のつもりで言ったものです。

「やられたらやり返しなさい! なんで やり返さんの?情けない!」

でも、年を重ねた今は、このセリフは間違っていると思うようになりました。

それは つまりは、相手を攻撃することを肯定、いや、推奨していることになるのですよね。

戦争は こうやって この感覚から始まっていくのではないでしょうか。

負の連鎖は どこかで断ち切る勇気を持たねばと思います。

 明日は 広島に原爆が投下された日です。

真珠湾から原爆投下まで、戦というものは、「やったらやり返せ」の発想にいざなわれて起きてしまうのです。

広島、長崎を嘆き、憤る日本に対し、「真珠湾を忘れるな」というアメリカの言い分を聞いていると、やはり 負の連鎖という法則が 戦という悪魔を呼んでしまうのかと 人間の業を痛感してしまいます。

 今の平和が 戦地に散ったり傷を負ったりしたおびただしい人々と、銃後を守った市井の人々がもたらした大切な宝だということを忘れず この宝を守ることこそが 亡き戦争犠牲者に報いることかと思う今日この頃です。

|-|15:58| - | 2019.08.05 Monday |