戦争と犬

  戦争で尊い命を絶たれたのは人間だけではありません。

 戦地で戦った兵隊さんだけでなく、また、空襲などの戦災に倒れた人だけでなく、動物園の動物も 悲惨な最期を余儀なくされた実話なども よく知られた話です。(像のはなこは有名ですが、ライオンなども 餓死や毒殺で処分されました)

そして、我々の身近に暮らす犬たちも 例外を許してもらえなかったのです。

戦地の兵隊さんの防寒のためにと、毛皮が集められましたが、今、鳥取市内の川に見かけるヌートリアなども、毛皮を取るために導入された個体の末裔だそうです。

戦争が終わり、需要が無くなると、ヌートリアは無責任にも放逐され、いきなり害獣の汚名を着せられることになったのです。

ヌートリアだけでは足りなかったか、ついには 飼い犬までが供出の憂き目に遭う非常事態となったことも悲しい事実です。

「御国のために、飼い犬を献納しましょう。飼い犬を立派な特攻隊にしてあげましょう。」などという貼り紙には絶句です。

そのポスターには「何が何でも」という文言が添えられていて、有無を言わさず、例外なく 愛犬を出させるまでの状況に陥っていた当時の異常性が分ります。

うちの子だけは勘弁して下さい、お金でこらえてもらえませんか、うちの子 病気なんです、などと いくら泣いて懇願しても 聞き入れてもらえなかったそうです。

泣く泣く 愛犬を送り出した当時の飼い主さんの心情を思うだけで 持っていきようのない絶望感と悲壮感に胸がつぶれます。

犬たちは どんな想いで 視界から遠ざかる飼い主を見ていたのでしょうか。

二度と戻ることのない旅路に揺られていく彼らの様子を想像するだけで 曇るどころか土砂降りの心境になります。

彼らの提供した毛皮は、極寒地で戦う兵隊さんの防寒着となり、まさに「お国のために」身を捧げた尊い犠牲者でありました。

人も動物も 身もだえするような苦境に直面した戦争を想うとき、またしても不戦の誓いと平和の祈りに両手を合わさずに居られません。

 今、我々の愛犬が 命もろとも供出を命じられたら、「おまえ一人を逝かせはしない」と言って 刺し違えることができるでしょうか。

それとも、泣く泣く差し出したあと 失意の地獄をさまようのでしょうか。

74年以上前のできごとですが、風化させぬよう、年に一度は思い出して語り継ぐ必要があると思い、暗い話題で恐縮ながら、私見を述べさせていただきました。

|店主のつぶやき|17:59| - | 2019.08.06 Tuesday |