公民館での「学習会」  

 2月13日(木)、鳥取市遷喬公民館で、人権学習会が実施されました。

ご依頼を受け、人権学習会に講師ならぬ「語り部」として伺ってきました。

「犬猫との幸せな暮らし」というタイトルですが、私は、アニマルリンク鳥取の一員として いつもお話ししている内容をお伝えしました。

モンタ譲渡会の猫担当N女史は、猫の保護活動経験から感じることなど、静かな語り口ながら、その子らの命に向かう必死さがにじみ出ていました。

 

二人のお話しを聴いていただき、学習会が終了となったら、事務室へと案内されました。

その部屋の窓辺で目にしたものが この可愛いわんこと猫です。

格調高く空間を陣取る神々しい姫路城の模型も立派ですが、それよりなにより、この愛らしい動物に惹かれてしまいました。

 

思わず手が伸びて からかいたくなるプードルちゃん。

ペーパークラフトですが、実によくできていますよ。

話しかけずにはおれません。

 

好奇心丸出しで ひっくり返してみたら、あらま、裏も精巧にできてます。

肉球まで 芸の細かいこと!!

 

ちょっと困った顔の猫ちゃんが これまた可愛くて!!

これ、私も欲しいなあ。

こんなの 傍に置いてたら、気が和むだろうなあ。

な〜んて しばし 見つめてしまいました。

 

たった今 聴衆に語りかけてきた内容と この子らが重なります。

どんな子にも 生まれてきたからには幸せをとの思いが また沸々と熱くなってきます。

この紙と もろくて はかない彼らの命が一つに重ななりました。

強風にさらしたり、強く握ったり、無造作に転がしたりしてはいけない素材のように、命も大切に扱わなくてはならないのです。

誰かに守ってもらわないと生きられない紙と犬猫は、どちらも同じくもろい存在です。

 

モンタ譲渡会で活躍しているN女史の話。

声高に訴えるという話法ではなく、誰かに語るような静かで落ち着いた口調が 聴き手を心地よくしますが、眠くなる内容ではありません。

経験したからこそ口にできる、辛いからこそ伝えることができる そんな内容です。

単に かわいそう、見てられない、という感情論ではなく、人として 身近な生きものである彼らと どうつきあうのが良いかという話です。

環境問題、人権問題、そして 遠い昔から解決できないままの社会問題と どう向き合うかという話です。

迷惑な生きものだから駆除してもいい、捨てるのも止む無しなどという悲しい社会認識も 現存することは事実です。

いや、猫の生きる権利を擁護したい私としては あえて「はびこる」と表現したい!!

世の中 猫が嫌いという人も居ます。かつての私がそうでした。

猫に不快な思いをさせられた経験やイメージが 猫忌避論を正当化しているのだと理解できたのは、自身で猫を飼ってみたからです。

猫は悪者ではない。猫を悪者にしている人間が責められるべきだと解ったのです。

 「駆除」という言葉も、人間に都合が悪くなった対象動物に よく使われがちですが、安易に口にしたくない単語です。

N女史の語りは長くはありませんが、とても心に残り、沁み込みました。

もっと踏み込んで もっと長く、いろんなところで 聴かせてあげていただきたい内容です。

こうした話により 現実を知った人々が 人と安心して共存できる対象として動物を認識し、真の動物愛護に意識が働くのではないだろうかと思いました。

 

ただの猫好きおばさんのお話しではありません。

可哀そうだから 捨てないで、殺さないで、というのではなく、人にとっても有益な未来を阻むことになるから、動物好きの視点ではなく、人間の幸せのためにも、望ましい環境とはなにかを一緒に考える好機としていただければと願いながら聞かせてもらいました。

 

N女史に続いての私の話。

これまで 中学生や小学生を前にお話しする機会を幾度か経験させてもらいましたが、大人に向かってのお話しは あまり経験がなく、その反応に不安を覚えつつも、いつもどおり 語らせてもらいました。

 内容もですが、表現方法、単語一つにも神経を配るべきだと、今更ですが、あらためて勉強させてもらう学習会でした。

事実や現状をお伝えするにも、聴き手側への配慮や、聴きたい内容についても さらに慎重に対応することが望まれるということです。

話す内容は良いと思っていますが、私の場合、年齢の割に、スキル面での熟練度はまだ十分ではないのがお恥ずかしいところです。

それでも、20名ばかりの方が熱心にお聴き下さり、伺った甲斐がありました。

ありがとうございました。

|店主のつぶやき|11:48| - | 2020.02.14 Friday |